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写真を撮る父として
 

本多健人(Kento Honda)

 「黄色の花」「青い海」、これは、息子が学校から出された漢字の練習で使われ繰り返されている言葉です。小学3年生になる彼の背中を見ながら、今も日々、淡々とした時を過ごしています。2012年、東京の喧騒の中で妻と出会い、家族、親族、大学、高校、中学、そして仕事の仲間に囲まれてささやかな結婚式をしました。次の年に息子が生まれて、今、自然豊かなやさしい場所で暮らしています。多くを経た私の人生には今、「黄色の花」や「青い海」という言葉に、息子がお母さんの愛を感じられるようになってきている、同じように、私も風にゆだねて流れる雲を見て美しいと感じられる時が、確かに流れています。

1984年

佐賀県佐賀郡久保田町に生まれる。将来の夢はバルーンパイロット

1998年

「佐賀県少年の船」の一員として北海道に研修

1999年

読売新聞社主催 高円宮杯全日本中学校英語弁論大会に佐賀県代表として出場 

2003年

佐賀県立致遠館高等学校普通科英語コース

2005年

青山学院大学経済学部第二部経済学科

2005年

一般社団法人共同通信社政治部学生アルバイト

2006年

家庭教師としてADHD、不登校の生徒を多数高校進学の後押し

2006年

株式会社佐藤写真(本店 帝国ホテル東京写真室)アシスタントを経て正規カメラマン登録

2007年

東京都、神奈川県などの私立校を中心とした学校写真のカメラマン

2008年

写真家Motoko主催 Motoko Workshop 「楽しい写真」に参加、青山一丁目にあるKanzanにて合同写真展

2009年

家庭教師として異例の大学生にて大学生を指導 イギリスにあるロンドン大学キングス・カレッジ・オブ・ロンドンへの進学を後押し 

2009年

国際連合大学(東京都渋谷区)にて資料のデジタルアーカイブ化など

2011年

東日本大震災を経て結婚

2012年

株式会社ニコン 映像カンパニー 生産本部 品櫃保証部 第一品証課にてデジタル一眼レフカメラの開発に伴う品質保証を行う

出産を機に帰佐

2013年

日本放送協会 番組制作部 ディレクタースタッフとして多数の番組制作を行う

2015年

野村ホールディングス 野村證券株式会社 日本証券業協会第一種外務員として投資信託、NISA、デリバティブ関連を取り扱う

2017年

独立