「楽しいことは、こんなにあふれている」
―内科医 吉原麻里氏―
佐賀リハビリテーション病院内科医の吉原麻里医師(33)。高校生の時に、小説家から「君は題材にできる」と言われるほどのユニークな性格で、場を明るく照らすような雰囲気を持ち合わせる。しかし、その笑顔と力強い言葉の裏には、医師である親から病院を継ぐ期待を背負い、人一倍陰ながら苦労と努力を重ねてきたからこその人生観があった。また、研修医時代から難病に向き合い、多くの患者に希望を与えてきた。そんな吉原麻里さんの素顔に迫り、たくさんの質問を投げかけた。
朝5時。 吉原さんは、まだ日が昇らぬうちに自宅近くのお濠をウォーキングする。 3人の子育てをする母親としての一面を持つ 吉原さんは、 子どもたちが起きる前に、 お気に入りのスニーカーを履いて、 自分だけのひと時を過ごす。 40分間、イヤホンで、SNSに投稿された 友人の動画を聞きながら歩く。 日本中に多くの信頼する友人を持つ、 吉原さんならではの過ごし方だ。
「友達のことを考えるのが一番楽しいですね。 春のマラソン大会にもエントリーしているので、 その準備も兼ねて。」
金曜日。 子どもたちを保育園に預けて向かったのは、佐賀リハビリテーション病院。 脳梗塞や脳出血の後遺症改善を中心としたリハビリテーション科、そして、内科、皮膚科を専門としている。 吉原さんは、この病院の三代目を受け継ぐ医師。 祖父が開業した「吉原内科」は、58年の時を経て、名称を変え、現在、デイサービス、グループホーム、通所リハビリテーション、サービス付き高齢者住宅、保育園まで営んでいる。 地域にとって、医療・福祉ともに要の病院だ。
吉原さんは、育児休暇中であるが、医師としての感覚を忘れぬよう、金曜日の午後に、内科医として勤務している。「○○さん、第二診察室へどうぞ」というアナウンスがロビーに流れると、白衣姿で親身に耳を傾ける吉原さんの姿がある。
「病名を判断するのは、できるだけ短く。でも、治療法の選択には時間をかけるのが、私のスタイルですね。」
吉原さんの専門は、 血液のがんとも称される 白血病や悪性リンパ腫などに携わる 「血液腫瘍(腫瘍)内科」という分野だ。 昔から「不治の病」と称される急性白血病は、 全世界で研究がなされているものの、 今日に至るまで謎が多い難病だ。 子どもから高齢者に至るまで、 誰がどのタイミングで発病するかわからない。 病気が発覚すれば、治療が始まる。 医師が抗がん剤や骨髄移植を行う際も、 魔法のような治療法があるわけではない。 ただひたすら必死に祈るしかできない場合もある。 血液腫瘍内科医は、患者の絶望と希望を まっしょう面から受け止めなくてはならない。
リハビリテーション科と血液腫瘍内科は、一見関連がない。「リハビリテーション病院の後継者なのに、なぜ無関係な血液腫瘍内科を専攻するのか。」 周囲から、反対された。しかし、吉原さんは、両者に、ある共通点を見出していた。どちらも治療が非常に難しく、長期にわたって粘り強く取り組む必要がある。血液がんの治療に取り組むうちに、リハビリテーションの重要性を再認識した。血液がんの患者は、無菌室に隔離され長期の治療を受ける。その間に、運動能力が著しく低下することが多い。入院中に早期からリハビリテーションに取り組むことで、治療後の回復が早いと実感していた。
幼い頃から、吉原さんは三姉妹の次女として、才覚を認められ医師であった祖父と父に厳しく育てられた。小学5年生の時に、医師になる決意を固めた。常に、親から期待されながら勉強した。学校の同級生には病院を継ぐプレッシャーを 理解してもらえなかった。
初めての医学部受験では、失敗も経験した。医学部に入ることができないんじゃないのか、と 教師から言われた。
そんな時、身近な人が血液疾患にかかった。吉原さんの医師としての使命を 決定づけるきっかけになった。
「難しければ難しいほど取り組める。絶対に達成すると決めたことは できるまでやるんです。」
「血液腫瘍内科を選んだのも、 単なる達成感を得たいだけじゃない。白血病の治療が困難であるからこそ、また将来のある若い人でも 発病しうる病気であるからこそ、希望を捨てず、ともに戦いたい。 その思いが強いですね。」
将来、佐賀リハビリテーション病院に、血液腫瘍内科の外来と、 がんリハビリテーションを 作るビジョンを据えている。治療を終えても、定期的に輸血を行わなければ ならない患者が多くいる。大学病院では待ち時間を長く求められ、負担になる。自分の病院でスムーズに輸血ができれば、 患者のために必ずなる。
また医学博士号取得のために、 大学院進学も検討している。
「子どもが3人もいるから、 ちょっとためらっていたんですが、白血病の研究をもっと深くしたいという 気持ちはかわりないですね。医者は、私にとって、天職ですから。」
終始、明るく取材に応じてくれた吉原さんが、考える健康とはなにか。
患者さんはもとより、たくさんの友人に囲まれて過ごされている吉原さんは、この取材で、この「健康」について3点述べたいとおっしゃってくれた。
「まず、見た目が若い人が、健康な証拠ですね。白血病の患者さんにも、すっかり治る方がいらっしゃる。どういう方かというと、例えば、入院中に病院食の味付けを もっとうまくしてくれ、とか、預けてきたワンちゃんが困るから早く退院させて、とか、元気があふれているんですね。そのような方は、総じて見た目が若いんです。そして、健康は、美に繋がります。ですから、いくら歳を召されてもおしゃれにも気を遣われる方がいいですね。」
「次に、いろいろなことにチャレンジする方が健康ですね。いろいろなことに手をつけすぎるくらい動き回っていらっしゃるのがちょうどいいですね。今の日本全体にいえることだと思うのですが、行動へのハードルを自分で作ってしまっていると感じることがあります。頭だけで考えてしまって終わってしまっては意味がないですね。楽しいことは、身近な場所に、こんなにあふれているのに!」
「最後に、人の幸せを願う人が健康ですね。おせっかいなくらい人に関心をもつ。そのためには、いろいろな人と出会うきっかけを常に持つ必要があります。多くの人と接することで、悩みを打ち明けたりする 機会にも巡り合えます。私は、子どもを寝かしつけしたあとに、知り合いの幸せを考えながら寝るようにしているんです。他人が幸せになると、自分にも跳ね返ってきますからね。」
医師として、母親として、そして、女性として、患者だけでなく、人々のためにやれることをなそうとする使命感。絶望を希望へと変える志。
医師、吉原麻里氏。33歳時の記録。
血液腫瘍内科医の専門医試験が来年待っている。佐賀の医療と福祉を背負ってたつ吉原さんから垣間見れるのは、常識にとらわれない意志と、私たちを支えようと必死に努力するひたむきな思いだ。
父である理事長 吉原正博氏と
取材先
医療法人智仁会 佐賀リハビリテーション病院
日本医療機能評価機構認定病院
840-0016
佐賀県佐賀市南佐賀1丁目17-1
0952-25-0231