「一輪の花にたくす思い」
―フラワー装飾技能士 重松学氏―

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私たちは、母の大きなおなかから生まれた時から、大輪の花に囲まれて祝福される。子どもの頃、道端にさく野花を摘み、親にプレゼントし、やがて、カーネーションを送るようになる。私たちは受験や仕事で慣れない場所に行き、別れる時に、友人から花を渡され、花を握りしめて電車に乗る。時を経て愛する人と出会い、結婚式で、言葉にできない思いをもっとも美しい花に込める。夫婦となった私たちはやがて出産し、大輪の花が病院に飾られる。歩けるようになったわが子と、道端にさく野花を散歩をしていて摘む。

私たちの人生は、
命との出会いと別れの連続にある。それでも私たちが常に歩き続けるのは、いつまでもそばにいてほしいと思う命といくら歳をとっても出会う希望を抱き続けているからだ。
 

佐賀市兵庫町に店を構える、店主の重松学さんは、花を通じて12年間、生ける命について考え続けてきた。

「一輪の花はいつまでも咲いていない。人と比べてはやく変化して朽ちていく。
しかし、その精いっぱい生きる花の命を見て、私たちは生命力をもらうことができる。」
 


 
実家は筑後川近くの鉄鋼業を営む工場、一ミリのずれも許さない厳しい職人かたぎの家だった。鉄を削り、ひたいに汗をかいて働くその父の背中を見て育った。

その中で父は生き物と触れ合う大切さを教えた。学校が終わったあとに、筑後川にいる多様な生き物や、育てていた犬と遊ぶ中で、家業を継ぐよりも強く、生き物を研究する夢が芽生えた。大学院にも進み、先端的な生物学を学んだ。しかし、どうしても無機質な実験に没頭できず、挫折感を抱いた。それでも、生きるものに触れていきたいという気持ちは消えなかった。

卒業後、生物学とは関係のないお花屋さんに入社した。花に特別な思いはなかった。しかし、それが人生の転機となった。手に取った花は、小さい頃に触れた生き物と似て、
呼吸をし、生を全うしていると直感を得た。
 
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主に北九州市で修業を積み、プロが集まるアレンジ教室に仕事がおわったあとに通った。結果がなかなか出ない苦境を乗り越え、2017年に由緒あるフラワーアレンジメント大会( 九州花卉装飾選手権)で、準優勝、農林水産大臣賞に輝いた。
 
「それでもある先輩は今でも手が届かない存在。僕はまだまだのぼる山がはっきりとある。」

 
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学さんにはある考え方がある。花は美しさがそこにただあればいいのではない。手に取った花を「愛すること」で、その花がさらに生きてくるのだという。賞を取ったとき、美意識に頼らず、無心に一輪の生命力を見出した。大きなお花屋さんに勤務した経験を持つ学さんは、大きな会場をアレンジしても、誰にも気に留めてくれない花を数多く見てきた。一輪の花を想う気持ちは、誰にも負けない。

「花には同じ種類でも一本一本個性がある。花は止まっているようにみえるけど、一輪一輪花の鼓動が、僕には聞こえる。」

 

 
オレンジの花束。 学さんは、現在ともに店を切り盛りする 妻佐和子さんに、 いつも花をおくり続けた経験を思い出す。 結婚を決意した時、 佐和子さんが好きだったオレンジのバラを送った。 恥ずかしくて言えない思いを花に込めた。


「もし結婚できなかったら、
僕は花屋をやめていたかもしれない。」
 

 
今、佐和子さんのおなかには新たな生がやどっている。あの日出会った、一輪の花と命。「頼りにしている奥さんが職場にいないのは 痛手ですね。」と笑って話す。

学さんは、産声をあげる子どもにどのような花を贈るのだろう。
佐和子さんが休む部屋にはいつも花が飾ってある。 店のショーケースには、 人々の出会いと希望をつむぐ大輪の花が咲きほこっている。
 
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取材先
花音(kanon)Flower&Green
店主 重松学さん
849-0909
佐賀県佐賀市兵庫北4丁目1-5
0952-37-5712
https://www.instagram.com/florist_kanon/